大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(刑わ)3725号 命令

命令

本件について、弁護人から、検察官請求の各証人の検察官の面前における供述調書を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出があつたので、検察官の意見を聴いたうえ、訴訟指揮権に基いて、次のように証拠の開示命令をすることにしました。

主文

検察官は、弁護人に対し、証人長崎憲之の検察官の面前における調書を、右証人に対する検察官の主尋問が既に終了し、弁護人の反対尋問が開始される前の現段階において、当裁判所の閲覧室において、閲覧させなければならない。

理由

一、裁判所は、その固有の訴訟指揮権にもとづき、法規の明文ないし訴訟の基本構造に違背しない限り、証拠調の段階に入つた後、検察官に対して一定の証拠を弁護人に開示するよう命ずることができると考えます。ただそのための要件としては、弁護人がその書面を閲覧することが被告人の防禦のために必要と考えられる特段の事情が存在すること、およびそれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来する虞れのないことの二点が必要であると考えます。

二、本件において、まず開示を必要とする特段の事情の存否について考えると、証人長崎憲之は検察官の主尋問に対して、証言を拒否する等の事情はなく、その供述もおおむね具体的であり、同人の検察官の面前における供述とくい違いがあるような情況は窺われず、他方本証人の尋問請求に当つて検察官からかなり詳細な尋問事項書の提出もあつたので、弁護人において、本証人に対して反対尋問を行なうことが不可能または困難であるとは思われません。

しかし、検察官および弁護人の主張によると、本件事案の特徴としては、本件がいわゆる一連の東大紛争の一環として発生したもので、その後本年一月には、数百名の学生が起訴されるという大事件も発生しており、東大紛争は現在においてもなお流動して終息するに至らず、いわば本件を契機として一大展開をした観があります。従つて、東大当局側の本件に対する評価も本件発生の直後と現在とではその間に変化がないとは言えず、また本件発生後右のような情勢に変転のあつた一年近くを経過した現在においては証人の記憶の点からも、法廷における供述と検察官の面前における供述との間にくい違いの生ずる可能性を否定できないものと思われます。そして、右のくい違いがのかなる点に存するのか、そしてそれはどの程度か、またそれは被告人にとつて有利なものではないか等について、被告人の防禦の点および真実発見の見地から当事者である弁護人においてこれを確める必要があることは否定できないものと思われます。この点につき、本件においては、弁護人に右の書面を閲覧させる特段の必要性が存在するものと認められます。

三、次に、右書面を弁護人に閲覧させる場合罪証隠滅、証人威迫等の虞れがないかという点については、右の証人に対しては既に検察官の主尋問が終了しており、引続き弁護人の反対尋問が行われるのであるから、この段階において、同人に偽証をさせたり、他の証拠を隠滅する等の事情は考えられません。また今後同証人に対する威迫等の点については、検察官において刑法一〇五条の二および刑訴法九六条一項四号等の運用によりこれを防止することが可能であり、裁判所としても右のような事態の発生することのないよう強く期待します。

以上の理由により当裁判所は、証拠開示の時期、対象、程度および方法を前記のように定めて、裁判長の証拠開示命令をすることが相当であるとの結論に達したのであります。

裁判長裁判官 浦辺衛

(陪席裁判官 宮本康昭、平湯真人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例